ひねくれ独身

削除せずに放置しておりました。記事を消すことも忍びないため一部のみ公開しております。

いい男ってなんだ

夜更けは脳がよく回る

身体は怠惰に優雅に横たわっている

しかし休めと言っても脳は働きを止めない

私の脳はわがままで自分勝手である

私に似たのか、私が脳に似たのか

張り切る瞬間が見当違いなのだ

星の一つも見えない夜空の下で何を働くことがあるのか

本当に夜更けは脳がよく空回る

 

眠れぬ時間は哲学の時間である

私はこの時間が嫌いだが、酷く自由な時間である

期限は眠りに落ちるまで

それまでは何事にも囚われずに好きに考えを巡らせることができる

私は過去の自分を思い出していた

思えば中学の頃から私はいい男について熱く語っていた

そんなくだらない熱さに対して同じくらいくだらない熱さで返してくる友人がいたためである

いい男に憧れていたのである

 

いい男の定義は非常に難しい

私が中学の頃に定めたものはこうだ

寛容であれ、真っ直ぐであれ、強くあれ

簡潔に言えば「腹を切れる男」である

自身の行いに責任を持てる者がいい男と謳っていた

高校の頃もほとんど同じである

付け加わったものは、未来で今の自分を笑えるようであれ、というようなものくらいである

当時の自分が私を見たならば顔がへしゃげるくらいに殴られるであろう

私はそんな綺麗な男にはなれていない

当時もそんなことを守れてはいなかった

そしてこの淀んだ人間で溢れかえっている世界では当時の定義は通用しない

 

ではいい男とは何か

女の言うことにただ頷き、肯定し、褒め、認め、持ち上げる

それが今のいい男なのだ

意見や考えなどは求められず、ただ聞くだけでいい

ただ相手をおだてあげればいい

ただ相手の話に共感すればいい

ただ笑顔で首を縦に振ればいい

いい男に求められていることはそれだけだ

簡単であろう

全てを肯定するだけであっという間にあなたはいい男だ

これがいい男なのだ

 

反吐が出るだろう?

 

いい男になんてなるな

目指さなくていい

成れの果ては赤べこである

 

男が生まれてきた理由は「女性」を幸せにすることである

赤べこで満足する生物は女性ではない

ただの女だ

何度失敗しても、何度折れようとも、その生涯をかけて1人の女性を幸せにすることが男が命を授かった意味である

あいにく私は未だに意味を得ていない

しかしそれでいい

 

これは美談ではない

現実との乖離にもがきながら書いている

しかし、絵空事を現実にできないで何が男なのか

それぞれが持っている信念を磨き、信じ抜き、突き進む

それでこそかっこいい男なのだ

 

今は私を含め、格好悪い男ばかりであろう

共にかっこよくなろうではないか

きれいごとを本物にしてやろうではないか

 

私はきっと10年後の自分を誇らしく思っているのだ

これからも仲良くしようねとか言うモノは人間ではない

別れの数ほど出会いもある

私はこの言葉があまり好きではない

友人関系にしろ恋人関係にしろ、その人との関わりは他の人との関わりで補えるものではない

最近は恋愛関係を書くことが多いので、今回もそれを書こう

 

告白された、断りたい

付き合っている、別れたい

これらのシーン、またその逆のシーンが訪れた人は少なくないであろう

そう、振る振られるの場面である

 

振る時に

「これからも仲良くしようね」

などとほざいていないだろうか

関係を壊したくない

いい友人関係を築いていたんだから

様々な思いや「優しさ」がその言葉を発させるのであろう

私自身にも思い当たる節がある

綺麗に場を収めたい

あまり傷つけたくない

これらの思いから出た言葉であろう

 

しかし、これからも仲良くなどという言葉はクソである

一度でも発した輩は死んだ方がいい

私も死んだ方がいい

もちろん死ぬ気は毛頭ないが

 

恋愛において、想いを伝えることは今までの関係を全てぶち壊し、投げ捨てる行為である

それほどの覚悟があっての行為である

いや、そこまでじゃないでしょうと思ったそこのあなたは私と感性が合わないしこの記事を読んでも不快感しか抱かないだろうからそっとページを閉じて頂きたい

 

閉じただろうか

それでは続ける

 

放っておけば関係性は続く

仲のいい関係のままでいられる

いつでも連絡を取れる関係でいられる

一緒にご飯を食べに行ける関係でいられる

繰り返しになるが、その関係全てを一度ぶち壊して想いを伝えるのだ

返答は伝えられた側の自由である

しかし、断った時である

相手は全てを捨てて覚悟を持って想いをぶつけてきたのに「これからも仲良くしようね」である

今の仲良い関係を続けようね、である

これを優しいと思うマヌケはこの世に生を受けたことが間違いである

来世など望まないことが世のためである

優しさなどではない

勇気を持って全てを捨ててきた相手に、地面に這いつくばって捨てたものを拾えと言っているようなものである

相手の想い、覚悟、全てを踏みにじる行為である

 

もちろん、想いを伝えた側が言うなら別の話である

むろん再び関係を築くことなど不可能に近いが、近しいことにできる場合はある

ただし、考えて欲しい

相手のことが好きである、しかしその相手は自分のことが好きではない、さらには自分が好きだということがバレている、しかし相手は自分のことが好きではない

状況によっては相手は自分のことを好きになることはない

そんな相手が今までのように仲良くしようとしてくるのである

地獄絵図でしかなかろう

苦しさしかなかろう

 

まるで優しいような顔をして「これからも仲良くしようね」と言うモノを私は人間と認識できない

悪魔かその類である

私は過去の自分の愚かさをひたすら恨んだ

そして身内外問わずにその言葉を発していた輩におぞましさを感じた

 

一度壊したものは、全く同じものに戻すことはできない

今まで通りなどという言葉は恋愛においては夢物語である

 

どうやら私を含め、私の周りには人間でないモノが存在したようだ

人の子になれるよう、旅にでも出ようか

異性に恋愛相談をするあなたへ

まず、はっきり言おう

あなたはちょろい

 

話しかけやすい男子No.1を自称している私は恋愛相談をされることが少なからずある

これ自体を悪く言うつもりはない

むしろ、実際の異性の声を聞くことは非常に効果的であり、推奨もする

しかし、それはあなたを好きにならない相手にすべきである

 

考えて欲しい

あなたが恋愛相談をするということは、あなたがされると喜ぶこと、されると嫌なこと、何が嬉しくて何が悲しいかを伝えるということだ

さらに個人的意見を加えると、女の子は恋をしている姿が最も魅力的である

恋愛相談をするあなたは魅力的なのだ

そして恋愛という大切なものを相談するくらいの相手である

少なからず相手の言葉によって考えや行動が変わるであろう

その上恋愛相談というものは一度で終わらない

一度相談してしまったら必ず経過を言わねばならない

好き嫌いが勝手に分かり、かつ信頼関係が結ばれていく、これが異性への恋愛相談である

 

そのような考えにも至らず、恋愛相談をし、そして相手に転がされた挙句相談相手といい感じになる

愚の骨頂としか言いようがない

 

私がいいたいのは相談したあなただけではない

相談されたあなたもである

相談され、相手を自分のものにしたあなたである

あなたは本当に死んだ方が世のために幾分かマシである

タチが悪い

失礼、言葉が過ぎた

相談をしてくる人が恋い焦がれる相手、それがあまりにクズな奴であったり、自分の知っている人物で何かしらの理由で勧めないのであれば多少は納得がいく

知らない人に恋い焦がれているのに、その人からどうして身を引けなどと言えようか

 

繰り返しになるが、私も少なからず相談を受ける身である

相手の好みは手に取るようにわかり、転がそうと思えばいくらでも転がせる

しかし私はそうしない

理由は2つある

 

1つ、好きな人と繋がることが何よりの幸せではなかろうか

恋する人をどうして応援しないわけがなかろうか

付き合った後など私の知ったことではない

付き合ってみなければ何もわからないであろう

にも関わらず応援しないあなたは本当に人間であろうか

 

2つ、ちょろい時期を狙うなどゴミのすることである

これは私が日頃から言っている酒で酔わせないと口説けない男はゴミだ理論に通ずることがある

正攻法だけで戦えとは言わない

しかし、誰かを好きで心が揺れやすい時期にその好意を自分に向けさせることほど悪の所業はないのではなかろうか

ちょろい時に落として何が楽しい

そこで落とされる相手も相手だが、私にはあなた方が酷く滑稽に見える

 

人間は皆、自分が正義である

略奪愛をした人が友達であればその略奪は推奨し、美談のようになる

しかし、略奪愛をされた人が友達であれば奪った人は悪者とされ、酷い話となる

今回の話も同様である

繰り返しは言わないが、恋愛相談から発展する恋ほど滑稽なものはない

もちろん、それで恋する相手が変わるのであれば所詮あなたの愛はその程度だったということである

 

相談は信頼できる相手に

相談相手が良く見えるのはただの錯覚である

(これを読んでいる、即ち私の知っている方がこのケースからお付き合いされていた場合、あなた様に心よりの謝罪を申し上げます)

にわか死ねをぶっ殺せ

私はロックバンドが好きだ。大好きだ。

中学の入学時に制服を買ったらなぜかオマケでラジカセが付いてきた

CDさえ売れなくなり始めていた時期にラジカセである

田舎の制服屋なんてそんなものかと思ったが、私は当時CDなど持っていなかった

小学生を卒業したてのガキンチョは音楽のことなどさっぱりわからない

よくわからないもののために1000円も使えなかった

仕方ないから私はラジオを聴き始めた

 

それはそれはどハマりした。

平日の夜10時になると自室に駆け上がり、「SCHOOL OF LOCK」というラジオ番組を毎日聴いていた

その番組ではバンド系の音楽をよく流していた

ロックにパンクにハードコアに、思春期にそれらを聞いて何も感じない方が不可能である

なんせかっこよかった憧れた

バンドを通して反骨心を学んだ

全力な生き方を学んだ

その頃の僕はただひたすらにバンドが好きで、ただひたすらに好きなバンドの曲を聞いていた

 

高校に入り、スマホを手に入れた

SNSを知った

同じ趣味を持った者同士が繋がれることを知った

しかし、そこでのやり取りを見ていく中で私はある言葉を目にした

 

「にわか乙wwwwwww」

 

片方は古参(昔からファン)で、片方は最近そのバンドを知った感じだった

古参から発された「にわか乙」であったが、私はそれを見てショックだったし、なにより、にわかでもいいじゃねえか!!!!!!と思った

確かに、そのバンドをよく知らないのに偉そうに語るというような行為は忌み嫌われる

それはバンド以外でもそうで、酎ハイしか飲まないのに日本酒の極意を語るような若造は嫌われるだろう、私は嫌いだ

 

だが、だがしかし、最近のファン共は○○好きって言われるだけで「にわか死ね」と喚き出す

ファンであれば、本当にファンであるならば沼に引きずり込むべきであろう

好きと言われたらそのバンドのB面の曲も勧めてみればいい

興味があると言われたらA面を聞かせてやればいい

ファンの勝手な行動で別のファンを殺すべきではない

にわかを受け入れようじゃないか

そしてそのにわかを本物のファンに育てようじゃないか

 

もしあなたの周りにあなたが好きなものに興味がある人がいたならば、にわか死ねと言わずに沼に引きずり込んでほしい